瀧山物語

埋もれた歴史を発掘することは未来に起こるかもしれない危険を回避する事にならないだろうか?

瀧山物語(拾ってはいけない隠された歴史。その秘密こそが未来に向けた教訓では?)

瀧山物語を書き進めて行くと、おとぎ話の「浦島たろう」につながってしまった。 ■驚きながらも慎重に検証を重ねていくと、 安易に笑い飛ばし否定することが出来るだろうか? という思いになった。 笑い話のような、事柄も、検証は必要だ。 ■「うらしまたろう…

瀧山物語(既存の歴史は、ほんとうに真実なのか?完全犯罪のように消し去られたのか?)

伝えられている歴史は本当なのか? 探索のために京都に出かけてきた。とてつもなく大きな謎が広がっているように感じられる。(京都大原三千院にて) 歴史とはどんなものだろうと、 ウクライナに対するロシアの言動から感じられる。 もし、ロシアが勝利した…

瀧山物語(どうして私は殺害されたのか?・・・そう思うのは、今も昔も変わらないのではないだろうか)

住民達と心ある僧侶達により寺は建立されていたのだろうか。そして、年月が過ぎて寺院は崩れ敷地には「立て札」と小さな地蔵堂。それを見守るような観音堂がある。観音堂を参拝する人々は「何かの寺があったんだ・・」と通り過ぎていく。 この探索の始まりは…

瀧山物語(「蔵王」と「瀧山」のふもとから採掘された砂金で奈良の大仏は金箔を施された)(官位の後編)

知っている人はどれだけいるのだろうか? 蔵王は大和朝廷にとって大切な宝の山であり、王族の蔵 だったのかもしれない。百済王の一族、善光は朝廷から百済王(くだらのこにしき)という姓氏を与えられ朝廷に使え、孫にあたる敬福(くだらのこにしき けいふく…

瀧山物語(官位・身分という悲しく恐ろしいものに翻弄されて人は鬼になってしまうのか)

官位・身分という悲しく恐ろしいものに翻弄されて、我を忘れて戦い殺戮を繰り返し、ひたむきに生きている者をも巻き込んでしまったのか・・・・・誰よりも偉く、誰よりも豊かになりたいと願う気持や自分の立場を奪われまいとする不安が、人を残忍な行動に走…

瀧山物語(木々の葉が色づくころに疫病退散で瀧山は焼かれた?)

疫病は人間に寄生するもの、病人も治療するものも全てを焼き尽くすことで「疫病退散」としたのだろうか? 古来より、国家に蔓延する疫病や戦乱は「国の病」と考えれれていた。 国の病を治すために祈りがあり、火炎により焼き尽くし、国の病をおさめてきた。 …

瀧山物語(平安時代の疫病の治療薬として蔵王温泉の湯花は京の都に届けられた)

らい病や天然痘など細菌感染が蔓延していた時代の治療薬は自然由来の薬だった。 白い沈殿物が蔵王温泉の湯花。瀧山寺の医僧たちはそれを活用し治療にあたっていたと思われる。 火山噴火により地表に現れた硫黄の殺菌力は強力で、蔵王から流れる川には魚も住…

瀧山物語(悪僧と言われ続けて830年余り。その陰に密偵の僧がいた。 後篇)

瀧山の仏教文化が花開いたその中に、内情を探るための僧が何者かによって送り込まれた。・・・やがてそれが年月をかけて瀧山寺の崩壊へ進んで行った。 その僧は都からやって来たと思われる。 都から瀧山の僧になるには、正当な寺院の紹介による身元の確かな…

瀧山物語(悪僧と言われ続けて830年余り 前篇)

長い歴史の中で、疫病(天然痘・らい病・ウイルス・感染症)との苦しい戦いを繰り返してきた。 奈良時代や平安時代は天然痘やらい病などの皮膚病が蔓延し感染者が貴族から平民まで身分に関係なく広がっていたと思われる。 医師の役割は僧達が担い、薬草や温…

瀧山物語(西行の桜・・あふれる想いの大山桜・・)

瀧山を眺める西蔵王の中腹に咲く大山桜。西行法師が植えた一本の桜木から長い年月を重ねて桜並木になって行った。 西蔵王の中腹に「三百坊」という名の蕎麦屋があります。おいしい蕎麦で山菜の天ぷらも近くの西蔵王で採りたての物を作って出してくれます。 …

瀧山物語(月のごとく生きよ)

知らぬ間に、らい病に感染してしまった若い僧侶は「蔵王温泉(昔は高湯と呼ばれていた)」は蔵王温泉の西側にある小高い丘の「瀧山」に住職として赴任してきた。 彼は京都から徒歩で富士山を眺め白石(宮城県)を通り、羽前街道を歩き、宮城蔵王の方から登り…

瀧山物語(祈りの山。天候不順と疫病から救いを求めた奈良・平安時代)

■日本の古墳時代から奈良時代・平安時代は地球規模の温度低下にみまわれ、農作物収穫量の低下と疫病によるパンデミックがあったのではないだろうか?(西暦400年~1192年頃)。 干ばつと長雨や豪雨は食糧難と貧困を生み出し、支配者達は年貢として取…

瀧山物語(瀧山寺と温泉とらい病と)

人間の歴史は紀元前から疫病との戦いだった。 奈良時代・平安時代も、天然痘やらい病を患う人々が多かったと思われる。 さらに、日照りや長雨などの天候不順で不作が続き、道端で行き倒れて亡くなることも多かったと思われる。 <奈良時代> 705年 この年…

瀧山物語(瀧山寺は蔵王で温泉治療をしていたのかも?)

山形市街・上山市街から眺めると高くそびえる瀧山がある。その背後にはさらに高くそびえる山々の蔵王山脈が連なっている。 その「蔵王」という名前は珍しい呼び名ではないだろうか? 奈良県吉野町に「総本山金剛蔵王大権現」があり現在も信仰を集めている。 …

瀧山物語(奥州征伐の戦禍に消えた医僧達?)

地元の昔語りから聞こえるのは鎌倉幕府の北条時頼が悪いことをしている寺と僧を閉山したという言葉だが・・・・ 若くして病死した北条時頼が長旅をして出来る事ではないとしたら、いつ、瀧山寺は無くなったのだろうか? ■1189年7月~9月に「奥羽征伐」…

瀧山物語(悲劇の寺院、瀧山寺はどこにあったのか?)

瀧山登山は中級の山で人気があり、登山に訪れる人々が四季折々あります。 登山コースは3ルートがあります。 大瀧コース → 難所がありチェーンを伝って登る難所があります。 眺めが良く上山市が遥か下方向に広がっていきます。 今は登山道が荒れて通行止めに…

瀧山物語(三百坊・・・300件程の宿坊があり賑わっていた)

三百坊・・・300件程の宿坊があり賑わっていたと想定される 今は静かな自然がすべてを覆ってしまっている。 蔵王放牧場を作った時、土の中から多くの生活用品が出てきた。 その中に、古銭も多く出土したことから、郷土史研究が始まったといっても良い。 …

瀧山物語(北条時頼は瀧山に来ていない?)

「鎌倉時代に北条時頼が忍び旅で瀧山を訪れ、乱れた僧侶を見て閉山にした」 言い伝えは本当なのか? 北条時頼は(1227年~1263年) 36歳の生涯 「吾妻鏡」(政府公認の歴史書)から 1243年16歳の頃 左近将監 1244年 従五位上に昇叙 12…

瀧山物語(歴史の闇に消された悲劇)

山の周辺には、昔むかしに作られたと思う石の鳥居が、市街地に点在している。 寺院があったといわれるが、登り口が沢山あったようだ。 どんな寺院があったのか痕跡もない。 ただ、年寄達からの言い伝えがある。 鎌倉時代北条時頼が忍びの旅で訪れたときに、 …

瀧山物語(そのはじめに・・)

歴史は本当の事だけが史書に残っているわけではないようですね。 数年前から「歴史のとんでもない謎」に挑戦しています。 私が調べた事が間違っているかもしれません。 ぜひ、ご助言をお願いします。 しらべているのは、平安時代末期から鎌倉時代の事です。 …